随机看youtube视频时,被这两部电影在音乐使用上的不同趣味及其所营造的开场氛围的对比吸引住了,反复重看两视频数遍,
颇为浪费时间。
帰宅するということがある私は
夜になると
帰宅する
戸口に至る前に
エレベーターだ
同じ棟の人たちが乗るエレベーターだ
自分でボタンを押すのは
昇って帰宅するためなのだ
今夜のボタンは焼かれている
焼いた人がいるわけだが
電車に乗って焼きに来たとも思えない
プラスチックのボタンが焼かれている
同じ棟に住む人は隣人ということになるが
これは隣人が焼いたのであり
私の見えない隣人の会話の仕方なのだ
と見えない隣人の存在を感じる
夜は
みんな帰宅しているのだ
有回家一事缠身的我
当夜幕降临时
回家
在进入家门之前
先坐电梯
同一幢楼里的人们坐的电梯
我亲手按下按钮
是为了上升回家
今晚的按钮被人烤焦了
有人用火点着了它 可是
我想他绝不是专程坐着电车来点着它的
塑料的按钮被人烤焦了
住在同一幢楼里的人叫做邻人
这一定邻人的所为
是无形的邻人交谈的方式
我感觉到无形的邻人的存在
夜
所有人都已经回到了自己的窝
http://amtf6314.blog.sohu.com/141230335.html

Posted by Dirk Deppey on April 21st, 2010 at 3:57 PM
http://www.tcj.com/international/garo-1992/3/